着物を着る際、まず最初に身につける「肌襦袢(はだじゅばん)」と「裾よけ(すそよけ)」。これらは洋服でいうところのアンダーウェアにあたります。
直接肌に触れるものだからこそ、正しく身につけることで汗による不快感を防ぎ、一日中凛とした着姿を保つことができます。初めて着物を手にする方へ向けて、なぜこの2つが必要なのか、そして具体的にどう身につければ土台が綺麗に整うのか、その理由と着方のコツを丁寧に紐解いていきます。
着物の美しさを支える肌襦袢と裾よけの大切な役割
初めて着物に袖を通すとき、洋服とは違う下着の多さに驚くかもしれません。肌襦袢や裾よけは、ただの重ね着ではなく、着物を守り、着る人の動作を助けるという大きな役割を持っています。これらを省いてしまうと、大切な着物が傷んだり、歩きにくさを感じたりすることも。まずは、なぜこの2つが必要なのか、その理由を知ることから始めてみましょう。
大切な着物を汗や皮脂から守る吸湿の役割
肌襦袢は、私たちの肌から出る汗や皮脂を真っ先に受け止めてくれる存在です。正絹(しょうけん)という絹100%で作られた着物はとてもデリケートで、水分や油分を嫌います。肌襦袢がしっかりと汗を吸い取ってくれることで、着物やその下に着る「長襦袢(ながじゅばん)」に汚れが移るのを防いでくれます。
特に、帯を巻くウエスト周りや背中は、冬場でも意外と汗をかきやすい場所です。肌襦袢を一枚挟むだけで、着物の染料が滲んだり、生地が傷んだりするリスクを最小限に抑えることができます。 お気に入りの一着を長く大切に楽しむために、肌襦袢は欠かせないお守りのような役割を果たしているのです。
裾さばきを良くして歩きやすくする機能性
下半身に巻く裾よけは、着物の「裾さばき」をスムーズにするための大切な道具です。着物の生地と足が直接触れ合うと、摩擦や静電気が起きて足にまとわりつき、歩きにくくなってしまいます。裾よけを一枚巻くことで、布同士がさらさらと滑り、階段の上り下りや歩行が格段に楽になります。
立ち居振る舞いを美しく見せるためには、この足元の滑らかさが重要です。裾よけがあることで、足のラインが着物の表に響きにくくなり、シルエットがすとんと綺麗に落ちるようになります。 見えない部分のひと工夫が、結果として外見の美しさや、快適な過ごしやすさへと繋がっているのですね。
寒暖差から体を守り体温を調節するポイント
着物は布を重ねて着るため、体温調節が難しいと感じることもあります。肌襦袢や裾よけは、空気の層を作ることで、外の気温から体を守る役割も兼ねています。夏は汗を逃がして涼しく、冬は体温を逃がさず温かく保つ助けをしてくれるのです。
素材の選び方次第で、どの季節も心地よく過ごせるようになります。無理をして着物を着るのではなく、下着の力を借りて自分を整える。自分自身の体調を気遣うように下着を選ぶことで、着物を着る時間がもっと穏やかで愉しいものに変わります。
初めてでも迷わない肌襦袢と裾よけの基本の選び方
道具を揃えるとき、種類の多さに戸惑うこともあるでしょう。肌襦袢や裾よけには、素材や形によっていくつかの選択肢があります。自分がどのような場面で着物を着たいのか、あるいはどれくらい着付けに慣れているかに合わせて選ぶのがおすすめです。まずは失敗の少ない、定番の選び方を見ていきましょう。
1. 吸水性に優れた綿やガーゼ素材の上半身用
上半身に着る肌襦袢は、肌への優しさと吸水性を優先して選びましょう。もっとも一般的なのは、身頃(体に触れる部分)が綿100%のガーゼや、さらし生地で作られたものです。綿素材は洗濯機で洗えるため、お手入れが簡単なのも嬉しいポイントです。
襟元(えりもと)が大きく開いているものを選ぶと、着物の襟から下着がのぞく心配もありません。ガーゼ素材は洗うたびに肌に馴染み、柔らかさが増していくので、着れば着るほど自分の体にしっくりと寄り添うようになります。
2. 静電気を防いでくれるベンベルグ素材の裾よけ
裾よけを選ぶ際に注目したいのが、旭化成の「ベンベルグ(キュプラ)」という素材です。この素材は絹のような滑らかさを持ちながら、静電気が起きにくいという優れた特徴を持っています。ポリエステル製の着物を着るときでも、ベンベルグの裾よけがあれば足元の張り付きを抑えられます。
腰に巻く部分は丈夫な綿生地、足に触れる部分はさらさらとしたベンベルグ。このように、パーツによって素材が使い分けられているものが一般的です。歩くたびに裾がしなやかに揺れる感覚は、ベンベルグ素材ならではの心地よさといえます。
3. 初心者でもお腹周りがスッキリするワンピースタイプ
「肌襦袢と裾よけが別々だと、腰回りがもこもこしてしまいそう」。そんな不安がある方には、上下がつながったワンピースタイプ(和装スリップ)が便利です。お腹周りの重なりが少なくなるため、スッキリとしたシルエットに仕上がります。
着脱が簡単で、着付けの時間も短縮できるため、初心者の方には特におすすめです。素材も綿とキュプラを組み合わせたものなど種類が豊富なので、自分の好みに合った一枚を見つけやすいのが魅力です。
| 下着のタイプ | メリット | こんな人におすすめ |
| 二部式(肌襦袢+裾よけ) | 体型に合わせて丈を微調整できる | 自分の体型にぴったりの着こなしをしたい方 |
| ワンピースタイプ | お腹周りがスッキリし、着付けが早い | 手軽に着物を楽しみたい初心者の方 |
どちらが先?下着を身につける正しい順番の理由
「どっちから着ればいいの?」という疑問。実は、着付けのセオリーでは「裾よけ」を先に身につけます。この順番を守るだけで、お腹周りの布の重なりが整い、着姿が急にスッキリと見えてきます。なぜ順番が大切なのか、その理由を少しだけ深掘りしてみましょう。
腰回りを先に整えるために裾よけから着る理由
裾よけを先に巻くことで、下半身の土台がまず決まります。その上から肌襦袢を羽織り、裾よけの上端をカバーするように重ねるのが基本です。こうすることで、肌襦袢の裾が裾よけの中に収まり、見た目にも整った状態になります。
下半身を先に固定しておくと、上半身の動作がしやすくなるという利点もあります。土台となる腰回りを先に安定させることが、着崩れしにくい着付けへの第一歩です。 焦らず、まずは足元から整えていきましょう。
重なりを最小限にしてウエストを細く見せるコツ
裾よけを先に巻くもうひとつの理由は、布の重なりを分散させるためです。裾よけを巻き、その上から肌襦袢を重ねることで、ウエスト部分の厚みを抑えることができます。着物は「寸胴(ずんどう)」に補正するのが美しいとされますが、無駄な膨らみは避けたいものです。
下着の段階で布の重なりを意識しておくと、後から帯を締めたときにウエスト周りがボコボコと膨らむのを防げます。 ちょっとした順番の違いですが、鏡の前に立ったときの納得感が変わってきますよ。
順番を間違えたときに起こりやすい着崩れのトラブル
もし肌襦袢を先に着てしまうと、動いているうちに肌襦袢の裾がずり上がってきたり、裾よけの紐と干渉してゴロゴロしたりすることがあります。これでは、せっかく整えた襟元まで引っ張られて崩れてしまう原因になります。
正しい順番で着ることは、一日中ストレスなく着物を楽しむための知恵です。 「裾よけが先」と覚えておくだけで、着付けの迷いがひとつ消えて、準備の時間がもっと穏やかになります。
着姿に差が出る裾よけの綺麗な着方の手順3つ
裾よけを美しく巻くことは、着物全体のシルエットを決定づける大切な作業です。紐を結ぶ位置や布の合わせ方ひとつで、歩きやすさや立ち姿の美しさが変わってきます。具体的な3つの手順をマスターして、自信を持って着こなしましょう。
1. くるぶしが見える程度の丈に合わせて高さを決める
まず、裾よけを腰に当て、丈の長さを決めます。目安は「くるぶしがちょうど見えるくらい」の高さです。これより長いと歩くときに裾を踏んでしまい、短いと足袋(たび)との間に隙間ができて寒々しく見えてしまいます。
鏡を見ながら、裾が床と水平になっているかを確認しましょう。 この時の高さが、後で着る着物の裾位置を決めるガイド役にもなります。
2. 腰骨の出っ張りを包むように布を回し込む
裾よけの布を体に巻きつけるときは、腰骨を包み込むように意識します。まず右手を左脇へ、次に左手を右脇へと重ねていきます。このとき、布を少し上に引き上げるようにして、お尻のラインにぴったり沿わせるのがコツです。
布が余ってダブつかないよう、しっかりと引き込みましょう。腰回りに布が密着していると、着物の重みがかかっても下着がずれにくくなり、安定感が増します。
3. おへその少し下で紐をしっかり結んで固定する
最後に、裾よけについている紐を結びます。位置は「おへその少し下」あたりです。ここでしっかりと締めることで、動いても裾よけがずり落ちなくなります。
結び目は中心から少しずらすと、後で帯を締めたときに金具が当たって痛くなるのを防げます。「ギュッ」と一度締めてから、指一本が入るくらいのゆとりを持たせて結びましょう。
清潔感を保つための肌襦袢の正しい着方のコツ
上半身をスッキリ見せるためには、肌襦袢の着方が重要です。特に襟元の抜き加減や、シワの寄せ方ひとつで、顔まわりの印象がガラリと変わります。清潔感のある装いを目指して、丁寧に着ていきましょう。
背中の中心を合わせて襟を抜くための準備
肌襦袢を羽織ったら、まずは背縫い(背中の中心の線)が背骨に沿っているかを確認します。ここがずれていると、襟元も歪んでしまいます。次に、後ろの襟をこぶし一つ分ほど引いて「抜き」を作ります。
この「襟を抜く」動作が、和装ならではの首筋の美しさを作ります。 前の合わせを止める前に、後ろの状態を鏡でチェックする習慣をつけたいですね。
脇のシワを伸ばしてスッキリとした胸元を作る
前の合わせを重ねたら、脇の下の余った布を後ろ側へ寄せます。胸元にシワが寄っていると、上に着る長襦袢や着物の襟が浮きやすくなってしまいます。
手のひらを使って、中央から脇へ向かってシワを撫でつけましょう。胸元が平らに整っていると、着物を着たときに襟が喉元にピタッと吸い付き、洗練された印象になります。
紐を結ぶ位置を工夫して胃の圧迫感を逃がす方法
肌襦袢に紐がついている場合は、アンダーバストよりも少し下の位置で結びます。高い位置で強く締めすぎると、肺や胃が圧迫されて息苦しくなってしまうことがあるからです。
「止まれば良い」という程度の力加減を意識してみてください。 無理に締め付けず、自分の呼吸を大切にすることが、笑顔で一日を過ごすための秘訣です。
季節に合わせて使い分ける下着の素材選び
着物を快適に着るためには、季節に寄り添った素材選びが欠かせません。肌に直接触れるものだからこそ、気温や湿度に応じた選択をすることで、お出かけの足取りも軽やかになります。
1. 夏の蒸れを解消する麻やクレープ生地
汗ばむ季節には、麻素材や「クレープ(縮)」生地の肌襦袢がおすすめです。これらは生地に凹凸があるため、肌に張り付かず、風をよく通してくれます。麻は吸熱性も高く、体温を逃がしてくれるので、真夏でも清々しく過ごせます。
見た目にも涼しげな素材を選ぶことは、自分だけでなく周囲の人への「涼」の贈り物にもなります。 夏用の下着は一枚持っておくと、夏の行事がぐっと身近に感じられるはずです。
2. 冬の冷えを防いでくれるネルや発熱素材
寒い冬には、保温性の高い「ネル(起毛)」素材の裾よけが重宝します。また、最近では和装用に開発された発熱素材の下着も人気です。襟元が広く開いたタイプなら、洋服用の防寒下着を代用することも可能です。
足元が冷えると着物のお出かけが辛くなってしまうので、裾よけの下に和装用のレギンスを履くのも賢い選択です。 寒さを我慢せず、最新の技術も上手く取り入れてみましょう。
3. 一年を通して使いやすい定番の綿素材
春や秋、あるいは室内のイベントなどで季節を問わず使えるのが、定番の綿素材です。適度な吸湿性と通気性があり、どんな場面でも安心感を持って身につけられます。
肌襦袢はガーゼ、裾よけはベンベルグという「二部式」の組み合わせがもっとも汎用性が高く、最初の一揃えにぴったりです。 迷ったときは、まずこの基本のセットから始めてみてください。
| 季節 | 推奨素材 | 特徴 |
| 夏 | 麻、クレープ生地 | 風通しが良く、肌に張り付かない |
| 冬 | ネル素材、発熱素材 | 保温性が高く、冷えから体を守る |
| 通年 | 綿、ガーゼ | 吸水性に優れ、肌触りが優しい |
着姿の土台を作るための「和装ブラジャー」の併用
下着の下の、さらなる下着。和装ブラジャーについても触れておきましょう。洋服では胸を高く見せるのが美しいとされますが、和装では「胸を平らに整える」ことが美しい着姿への近道です。この土台作りを意識するだけで、襟元が浮かず、着崩れを劇的に防ぐことができます。
胸の膨らみを平らに整えて襟元の浮きを防ぐ
和装ブラジャーは、胸の膨らみをなだらかに抑えるように設計されています。胸に高さがあると、着物の襟がその山を乗り越えようとして外側に広がったり、喉元が詰まったりしてしまいます。
胸元をフラットに整えることで、襟がすとんと直線的に重なり、凛とした印象になります。 襟元がピシッと決まると、鏡を見るたびに自分への自信が湧いてくるものです。
ワイヤー入りの下着が和装に向かない理由
洋服用のワイヤー入りブラジャーは、和装にはあまり向きません。ワイヤーが着物の紐や帯に押されて体に食い込み、痛みや不快感の原因になることがあるからです。
また、胸の形を強調しすぎてしまうため、着物特有の「筒型」のシルエットが崩れてしまいます。「今日は一日着物を楽しむぞ」という日は、締め付けの少ない和装用を選んで、体を労わってあげましょう。
スポーツブラで代用する場合に注意するポイント
専用の和装ブラジャーを持っていない場合は、スポーツブラで代用することもできます。ただし、胸を高く持ち上げるタイプではなく、全体を押さえるタイプを選んでみてください。
パッドが厚すぎる場合は外しておくなど、なるべく平らになるよう工夫してみましょう。 手持ちのものを賢く使いながら、自分にとって心地よいバランスを見つけてみてくださいね。
自宅でできる肌襦袢と裾よけの正しいお手入れ
肌襦袢や裾よけは、直接肌に触れるもの。だからこそ、毎回きちんとお手入れをして、清潔に保ちたいものです。ほとんどのものは自宅で洗濯が可能ですが、素材の特性を知っておくと、お気に入りの下着をより長持ちさせることができます。
素材ごとに使い分ける洗濯ネットとコースの選び方
綿やガーゼの肌襦袢は、ネットに入れれば洗濯機で洗えます。裾よけのベンベルグ素材も洗えますが、こちらはシワになりやすいため、弱水流のコースを選ぶのがおすすめです。
脱水時間を短めに設定すると、水の重みでシワが伸び、干すときの手間が減ります。 洗濯機の力を借りつつ、素材を優しく扱う。そんなちょっとした気遣いが、道具への愛着を深めてくれます。
乾かすときにシワを伸ばしてアイロンの手間を省く
洗濯機から出したら、濡れているうちにパンパンと叩いてシワを伸ばしましょう。形を整えてからハンガーに干すだけで、乾いた後の仕上がりが格段に綺麗になります。
ガーゼ素材などは、干す時に襟元の形を整えておくだけで、次に着る時に襟がスッと沿いやすくなります。 アイロンがけを最小限にする工夫は、日々の暮らしを軽やかにしてくれますね。
ベンベルグ素材の風合いを長持ちさせる保管の方法
裾よけに使われるベンベルグは、湿気を嫌う性質があります。しっかりと乾かした後は、通気性の良い場所で保管しましょう。シワになりやすいため、くるくると丸めて収納するのも一つの方法です。
「次に着るときに気持ちよく手に取れるか」を想像して整える。 そんな丁寧な後始末が、次の着物時間をさらに愉しいものにしてくれるはずです。
下着がずり落ちるのを防ぐために確認したいこと
せっかくきれいに着た下着が、動いているうちにずれてきてしまう。それはとても落ち着かないものです。もし、下着がずり落ちやすいと感じるなら、紐を結ぶ「位置」を確認してみてください。ちょっとした修正で、安定感は劇的に変わります。
紐を締める位置が「ウエスト」になっていないか
裾よけの紐を結ぶとき、ついウエスト(一番細い部分)で締めてしまいがちです。ですが、ウエストは動くたびに形が変わりやすいため、紐が滑り落ちる原因になります。
正解は、おへその少し下、骨盤の上あたりです。 ここは体のなかでも安定している場所なので、一度しっかりと締めれば、一日中ずれることなくしっかりと支えてくれます。
骨盤のラインに合わせてしっかりと固定できているか
紐を結ぶ前に、裾よけの布を骨盤のラインに沿わせて、ぐっと引き込みましょう。布が余っていると、そこから緩みが生じてしまいます。
「土台がしっかりしている」という安心感は、着物での立ち居振る舞いを堂々とさせてくれます。 最初の一手を丁寧に。それが、着崩れを気にせず過ごすための最大の秘訣です。
まとめ:心地よい下着選びで、もっと着物を身近に
肌襦袢と裾よけ。それらは、あなたの着姿を陰で支える名脇役です。
- 肌襦袢は汗を吸い、大切な着物を汚れから守る。
- 裾よけは摩擦を防ぎ、しなやかな歩みを助ける。
- 裾よけを先に着て、おへその下でしっかり固定するのがコツ。
- 和装ブラジャーを併用して、胸元を平らに整える。
見えない部分を整えることは、自分自身を大切に扱うことにも似ています。正しい知識と自分に合った素材を選べば、着物はもっと自由で、心地よいものになります。まずは、くるぶしの高さを鏡で合わせることから始めてみませんか。丁寧な土台作りが、あなたをより一層輝かせてくれるはずです。

